夢のような出来事
最近楽しみなのがブンデスリーガで活躍するドルトムントの香川真司選手の活躍です。

チームの中心選手として活躍し、毎試合のように得点にからむ活躍をしています。
スポーツニュースを見るたびにワクワクします。

そしてとうとう「1月の欧州ベストイレブン」に選出されました!!

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以下 http://www.soccer-king.jp/news/germany/article/201202051730_shinji_kagawa.html 記事より

ドルトムントに所属する日本代表MFの香川真司は、ドイツ誌『キッカー』が選出する「1月の欧州ベストイレブン」に選ばれた。

 香川は年明けから絶好調。1月に行われたリーグ戦2試合で先発出場し、2得点1アシストを記録した。ゴールやアシスト以外にも攻撃の組み立てやバイタルエリアでのアクセントをつける動きでチームの攻撃をけん引。2得点を記録した第19節には、同誌の採点で「1」(最高点1、最低点6)という極めて高い評価を受け、同節のMVPに選出されていた。

 なお、香川の他にはバルセロナのアルゼンチン代表MFリオネル・メッシや、レアル・マドリードのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドらが名を連ねている。


■『キッカー』誌選定の月間欧州ベストイレブン
GK
イケル・カシージャス(レアル・マドリード)
DF
カルレス・プジョル(バルセロナ)
セルヒオ・ラモス(レアル・マドリード)
エリック・アビダル(バルセロナ)
MF
メスト・エジル(レアル・マドリード)
アンドレア・ピルロ(ユベントス)
香川真司(ドルトムント)
マルコ・ロイス(ボルシアMG)
FW
リオネル・メッシ(バルセロナ)
ロビン・ファン・ペルシー(アーセナル)
クリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)
 
元気をもらいました!
コーチをしている小学校5年サッカーチームの公式戦が夕方からありました。


夕方になっても蒸し暑い中での20分ハーフの試合です。

8人制なので選手一人ひとりの動きも多くなります。


相手は神奈川の強豪チームでした。


ところが試合が始まると圧倒的に押されながら少ないチャンスをものにして

いきなり2点リードしました。

キーパーも安定しているし、「こりゃ勝てちゃうかも」と淡い期待が生まれます。


前半を2−1で終了し大健闘!


こちらの2点は絶対的なエースストライカー背番号10の得点です。

ここまで聞くと、10番はどんな子供を想像します?

やんちゃですばしっこい男の子でしょうか?

実は女の子です!


飛び出したキーパーと競り合ってボールを奪うと無人のゴールにループシュート。

ドリブルからシュートコースを作ってポストに当たって入ったミドルシュート。

お見事です!!


しかし流石は強豪。後半は見事に立て直してきました。

こちらはメンバー全員を出す方針でしたので、キーパーを含む守備陣が変わると3失点し、

2ー4で負けました。


しかし負けたとはいえ、蒸し暑い中最後まで走り、体でシュートを防ぎ、

ボールを廻されても追いすがり、集中力が途切れなかったことに感服しました。


公式戦後もう一試合同じ相手と練習試合を行いましたが、

今度も2−2で大健闘、感激です。


2試合目も少ないチャンスを活かして得点し、

ディフェンスはファイトしていました。


中でも将来の「なでしこジャパン」候補、背番号10のエースは、

2試合通して4本のシュートで3得点。

入らなかったシュートもクロスバーに当たっていました!


ほんとに逞しく成長した子供達を見ていると心打たれ、

元気をもらいました!


実力に勝る相手に堂々と勝ちにいった子供達に感動しました。


帰り際にエースストライカーから「コーチの言った通りに動いたら3点目が取れた」

と言われて満たされました(o^^o)v

 
おしえてメッシ選手!
NHKの番組「おしえてメッシ選手!」を観ました。




メッシ選手が日本のサッカーをやっている子供達からの質問胃答える番組でしたが、

その中で小柄な子供からの質問に、

「倒れても起き上がればいい」

と答えていました。


メッシ選手はアルゼンチン生まれでしたが、

スペインのサッカーチーム・バルセロナのセレクションに合格し、

家族みんなでスペインに移住しました。


バルセロナは世界トップレベルのサッカークラブですが、

もう理由の一つは、

メッシ選手の病気「成長ホルモンの分泌異常の症状」の治療費をバルセロナが負担してくれるからでした。


治療により169cmまで成長しましたが、今でもサッカー選手としては小柄です。

体力負けをし、何度も倒されながら、技術とスピードに磨きかけてきました。



そしてついに、2009年、2010年の2年連続パロンドール(FIFA世界最優秀選手)に選ばれています。


「倒れても起き上がればいい」


メッシ選手の言葉だからこそ重みがあります。



メッシ選手より足が速い選手は沢山いると思います。


しかし、小柄さな選手が生き残る為の武器である、反応の速さ、機敏さ、俊敏さといった能力を高め、

「あっ」というまに一気に相手を抜きさります。


サッカーにおいては特に必要な短い距離、20mよりは10m、10mよりは5mを走るスピード、加速度が抜群です。




トップギアに入った後もスピードを維持した状態で、体からボールを離さず、細かくボールを突くようにタッチし、

相手に的を絞らせず、相手の動きをみてどんどんボールを足の届かないところに動かしています。



メッシ選手の言葉を聞いて、黙々と練習する選手。

倒れても倒れても起き上がりプレーする選手。


彼はサッカー選手以上の存在なのだと感じました。

 
最高のパフォーマンス
「もう一人のヨハン」と呼ばれたサッカー選手がオランダチームにいた。


ヨハンといえば言わずと知れたヨハン・クライフ

オランダのみならず世界のサッカー界のカリスマ。


「もう一人」とは?


1970年代のオランダチームのトータルフットボールを

時には陰で、時には中心で支えた

ヨハン・ニースケンスだ。


大柄な選手がそろったオランダチームで、

178センチ78キロはむしろ小さい方だった。


しかし、抜群の反射神経やスタミナ、スピードといった、

あらゆるスポーツに共通する基本的な能力とファイティング・スピリッツに富み、

どんな時でも果敢にボールにアタックする芯の強さがあった。


私が何より憧れたのニースケンスのペナルティキックだった。


1974年/西ドイツワールドカップ決勝戦

開始1分でクライフがファールを受けてペナルティキックのチャンスを得た。





深夜のTV中継を観ていた私が驚いたのは、

そのペナルティーキックを迷う事無くゴールのど真ん中に

しかも思いっきり弾丸シュートを蹴ったことだった。


精神力、決断力、実行力、勇気

私が憧れる能力がそこにあった。


どんな舞台でも最高のパフォーマンスを発揮出来る

彼のような人間になりたいと思った。



 
強みに変える
彼は左右の足の長さが6cm違ったという。


背骨もS字に湾曲していたらしい。


原因は小児麻痺。


心理テストにおいて攻撃性の欠如、

知能テストから「13歳の知能しか有していない」という低い結果報告がされたとのこと。


しかし、彼は一見するとハンディと思われる身体的な特徴を活かして

ブラジルサッカー史上最高のドリブラーを言われている。




彼の名は「ガリンシャ」

小鳥のように小さいと言う意味のあだ名で、姉がつけたそうだ。


彼のドリブルは右足で右側に押し出すというシンプルなもの。

小学生でもできる。


しかし、それが判っているのに防げない。


今に残された動画を観ると不思議だ。



変則的でタイミング、バランス、間合いが抜群で、とにかく速いのだ。


今に残る動画の中で彼に簡単に抜かれているでフェンダーは各国の代表選手やプロたちだ。


栄光に輝き、富を得、多くの人々から愛されたが、

晩年は酒に溺れた。


そして49才という若さで肝硬変が原因でこの世を去った。


何かが満たされなかったのだろうか?


彼は置かれた環境や肉体的な個性を強みに変え、

多くの人に勇気と喜びを与えた。


だから今だに国民から愛されているのだろう。


 
得点王
彼はどこにいても、どんな体勢でも身体のどの部分を使ってでもゴールを決めた。

 

当然それらは美しいとはいえなかった。


ただただ数が多かった。それだけだった。


ドイツの得点タイトルをほとんど総なめにしブンデスリーガ427試合で365ゴールを記録。


2位の選手は200点にも満たなかった。


ドイツカップでは64試合で79ゴール。欧州クラブ・カップで74試合で66ゴール。


ドイツ代表として62試合で68ゴール。


特に代表でのレコードは見ての通り一試合1得点を越えるスコアであり

これはペレですら達成できなかった偉業である。


公式戦通算ゴールでも、

達成不可能とされたウーベ・ゼーラーの551ゴールを更新する582ゴール。


得点王は通算で7回。




彼の名前は、ゲルト・ミューラー。


20世紀最高のゴールゲッター。



これをビジネスの世界のお話として考えると、


・スタイルばかり気にしている人


・会社、製品、マーケットのせいにばかりしている人


・上司、部下のせいにしている人


結局成果を挙げることはできない。



それに対して、


・泥臭く黙々と目標を目指す人


・やるべき事は愚直に繰り返す人


が成果を作る傾向がある。


ビジネスのゲルト・ミュラーを目指そう!

 
サッカーの夢
私のサッカー歴は小学校5年生の時に小学校のサッカーチームに参加したのが始りでした。


いまだに子供達と一緒になって楽しめるのも、あの時にサッカーを指導してくださった方がいたからです。

今、サッカー教室でコーチをしているのもあの時の恩返しになったらと思う気持ちもありますが、

最大の理由はサッカーが観るのもやるのも好きだからです。


中学、高校とサッカーに明け暮れ、

日曜日は12チャンネルの「三菱ダイヤモンドサッカー」に熱中し、

1974年のワールドカップ・西ドイツ大会の決勝を生中継で観戦し、

1979年に日本で行われた、ワールドユース選手権でマラドーナのプレーを直に観ました。


日本で1980年〜行われるようになったトヨタカップの第一回目も国立競技場で観戦しました。


その中でも1982年、23才の時にワールドカップ・スペイン大会を観戦にしたことは生涯の思いでです。

小学校の時から一緒にサッカーをしていた従兄弟と20日間の観戦ツアーに参加しました。


従兄弟が上智大のスペイン語学科のでサッカー以外も充実し旅でした。


優勝候補筆頭に挙げられ、ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレゾの“黄金のカルテット”を擁しながら

イタリアに破れ姿を消したブラジル変わって私の心を捉えたのは

“将軍”ミシェル・プラティニ率いるフランスチームでした。


フランスの中盤にはプラティニ、ティガナ、ジレスの「三銃士」と呼ばれ、

その他の選手も華麗なテクニックも持ち“シャンパン・フットボール”と称され魅力的でワクワクしました。


そして、サッカー史の残るセビージャでのフランスVS西ドイツの準決勝をゴール裏の立ち見席で観戦しました。


この試合のゴールのほとんどはこちら側でした。

フィッシャーのオーバーヘッドもトレゾールのジャンプボレーも、

ワールドカップ史上初のPK戦も目の前でした!


そして、スタジアムの規模、スタンドの熱狂、一体感、どれも当時の日本では考えられないものでした。


勿論、日本がワールドカップ出場の常連になることや、ましてや開催など想像出来ませんでした。


いつか日本がベスト4、そして決勝に進出できたら・・・・


夢は広がります。